最終出社日

MBA留学前の最後の出社日になった。

今の会社に移ってきて2年半、思った以上に成果を出せた部分も多く実り多かったといえる。
当初思い描いていた仕事がそれほど多くできたわけではないが、自分が思っても見なかった仕事をリードすることになったりお客さんにびっくりするくらい感謝されたりと、振り返れば短い期間なりに色々と成長したのだと実感している。もちろんこうやってMBA留学することができたのも、まぎれもなく今の会社にいるからこそできたことなので、その点でも感謝しきりである。

MBAに留学するに当たって、前職の非常の日本的な会社と今の典型的な外資系企業の両方に勤めた経験というのは非常に有益だったと思う。チームプレーの日本企業と個人プレーの外資のカルチャーの差は転職当時ショッキングなほどだった。主張しないと埋もれてしまう(誰も助けてくれない)、個人の成長は(ほぼ)個人の努力に任されているなど、至れり尽くせりの日本企業からするとほぼ放置状態だと思ったものだった。今はそれを何とも思わなくなったのだから、人間の適応力とはなかなかのものだと思う。最初の転職は非常に勇気がいると思うが、こう環境に適応できてしまうとどこでもうまくやっていけるという自身が芽生えるものだ。チャールズ・ダーウィンの生き残るのは強い種ではなく変化に適応できた種だという発見は至言だと思う。

私にとって今の会社への転職は人生の大きな転機であった。しかし、今度のMBA留学はそれを上回るターニングポイントだと思う。海外に住んだことのない私にとって、特に言語の壁は相当なものだと容易に想像できる。その高き壁を克服できたとき、いったいどんな風景が壁の上から見えているだろうか。

2年後の成長した自分が今から本当に楽しみだ。

Win a Scholarship!

かなり遅れ馳せながら、奨学金を獲得することに成功した。

奨学金も色々種類があって受験前に申請するフルブライトやロータリーなどの奨学金と、合格後学校側が合格者の中から選んで授与する奨学金がある。私の場合は後者だ。

学校側が用意している奨学金はかなり多くの種類がある( http://www.london.edu/programmes/mba/scholarships.html )。これらの大半は性別や国籍で指定されているものが多数で、私が授与対象(かつ確率が高い)と思われるのは、The Daiwa Anglo-Japanese Foundation - Yoshitoki Chino Memorial Scholarships(大和日英基金・千野冝時記念奨学金)というものだった。この奨学金は対象国籍の合格者から自動で選ばれるのではなく、合格後にさらにエッセーを出してその中から選考委員会で選定するというものだ。合格後バタバタしている中で新しいエッセーを書くのは意外に難しかったが、それでも時間をかけて書いただけのことはあった。

私費なのでもちろん奨学金をもらえること自体もありがたいが、この奨学金のスポンサーである財団の活動を通じてロンドンでのネットワークが更に拡がることも非常に魅力的だ。ぜひこの奨学金を金銭的価値の何倍も生かせるように頑張りたい。

中国人Thomasにみる英語コミュニケーション力

LBSのAdmit Weekendで一番多くを話した人は中国からきたThomasだった。彼は四川出身で私とは9年前の蜀呉を跨った三国志の旅の話題で盛り上がった。当時はまだ揚子江の三峡ダムは出来ていなかったが、完成後の今は風景も一変しただろう。

閑話休題、彼と話していてとにかく感じたのは彼のアグレッシブさだった。彼は相手がわかっていようが分かってなかろうが、とにかく話し続ける積極性には驚かされた。ロンドンでは中国人は彼としか話してないので類型化できないが、これでは中国人に比べて日本人は大人しいと言われてもやむを得ない。聞けばTOEFLの点は私より下みたいだが、それでもあれだけ頑張って色んな人と話しているのだ。私も負けじと頑張らね
ば。

第二外国語にみるLBSのダイバーシティ

LBSは卒業までに第二外国語を一定レベル以上使えるようになる必要がある。そのためにLBSではスペイン語・フランス語・ドイツ語・中国語(マンダリン)などの主要な言語以外にも日本語・広東語や昨年から始まったポルトガル語なんかもある。ポルトガル語は勿論昨今のブラジル熱の高さから開設されたのだろう。こういう所も教養目的というよりもビジネスオリエンティッドなのだ。
ただでさえ勉強で忙しいのに更に外国語とは大変だと思われる方もいるかもしれないが、母国語が英語以外の人は第二外国語が話せるので、そもそもこの条件は最初からクリアしているのだ。インターナショナル比率が9割のLBSでは相当数が要件をクリアしていることは想像に固くない。Admits Weekendでみた資料によれば、第二外国語受講が必要なのは全学生の2割に満たない。これが多いと見るか少ないと感じるかは人それぞれだろうが、英語圏出身者(米英豪など)の大体半分弱が第二外国語を持っていない計算になる。
もし同じ条件を米系ビジネススクールに適用したら相当数が第二外国語を持っていないのではないだろうか。ここだけ見てもLBSは非常にダイバーシティに富んだ学校だと言える。

とはいえ、ビジネススクールにくるようなエリートでも英語圏に生きていれば英語のみで問題ないとも言える。やっぱり英語は強しと改めて思った次第である。

パリで組織文化を考える1/2

3日間のロンドン滞在の後パリにやってきた。
もともとは今回の休暇はロンドンで住居探しの下調べをするつもりだったので比較的長めにお休みを取ったのだが、寮を割り当ててもらえることになったのでその必要がなくなったのでパリに寄ってから帰ることにした。

パリ行きの目的は観光ではなく二人の友達に会うことだった。一人目は財務省からEU法を勉強にきているK氏、二人目は検事で法務省から同じく派遣留学しているY女史だ。二人とも私と入れ替わりで帰国してしまうので、ならばこちらにいる間に会ってしまおうということで急遽捻じ込ませてもらった。
K氏はもともと一緒に東大の駒場祭の運営を中心になってやっていた仲間で、事務処理能力が驚異的に高い。候補はいくらでもあっただろう中で官庁中の官庁である財務省という選択は何とも彼らしい。
彼に言わせれば、官僚という組織は下っ端ほどマネジメント能力が必要となる不思議な組織らしい。何を意味しているかというと、下の人間は上の人間の手を煩わせないように物事を周旋することを求められているそうだ。したがって上に行けば行くほど自分がウォッチしないといけない人間の数は減るということになる。その代わりに上の人がすることは組織のマネジメントではなく、政策を纏め上げたり政治家とお話したりということのようだ。
よく聞く課長より下の人間が朝五時まで資料作ってるとか、オンライン購入は経費申請できないとかそういう不合理な職場環境を改善するということは、管理職がやるべき仕事でもなく、かといって下っ端がどうにかできる内容でもないため、不合理が延々と生き延びてしまうということだそうだ。また、できない理由を挙げることに関しては世界一優れている(と彼は自称していた)組織では、今やっていることを変えることは本当に難しいのだろう。
彼も変えなければいけないということは十二分に理解しているし、彼をはじめ海外に留学している官僚の人はおそらく大半が日本の官僚機構が如何に特殊な組織になってしまっているかわかっているはずだ。そういう人が多くいるにも関わらず変わらないのは、やはり組織の文化が壁として立ちはだかっているからだろう。
(続く)

LBS Visit 2/2

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LBS Visit 1/2

ロンドンに一足先にやってきた。LBSのAdmits Weekendという合格者向けのイベントに参加するためだ。もちろん参加は義務ではなく都合がつく人はどうぞというものなのだが、仕事も一段落しているので参加することにしたのだ。目的は①学校の環境を確認する②クラスメートと繋がる③寮周辺の生活環境を確認するの3つだ。
MBA受験にあたって私は一切キャンパスビジットしなかったので、LBSを訪れるのは初めてだった。写真では見ていたが、改めて見ると正面からの景色は本当に素晴らしかった。ここで2年間を過ごすと思うととてもテンションがあがる。ただ、多くの人が来るであろうBaker St.側からの入り口は古い建物に小さな看板がでているだけで、お世辞にも立派とはいえないところは残念だ。LBSはキャンパスはこのひとつで、あとは通りの反対側に図書館兼ジムがある程度なので、キャンパスが複数のビルに分散しているLSEに比べると非常にコンパクトな学校だ。

学校はRegent's Parkに隣接していて、Tubeが数多く走るBaker Street駅から歩いて5分弱と本当に便利だった。寮のあるLillian Penson Hallから歩いて25分、International Hallからは徒歩40分。もちろんバスやTubeを使えばもっと早いが、歩いていける距離なのは有難い。どちらも近くにスーパーやパブ、小さなレストランが林立しているので生活に困るということは全くなさそうでとにかく安心した。