ドーバー海峡を巡る

今週の日曜は余裕があったので朝からドーバーまで足を伸ばしてみた。我が家の最寄り駅の一つ、セントパンクラス駅からドーバーまでハイスピードトレインで何と1時間半だ。ちなみにこのハイスピードトレインは日本の特急のようなもので、先頭車両が後続車両を引く機関車方式ながら製造は日本の日立だそうだ。

ドーバーはドーバー海峡の名前から分かる通り、欧州大陸に一番近い町だ。ちなみにドーバー海峡(Strait of Dover)はイギリス海峡(English Channel)の最狭部を指すそうだ。フランスのカレーとの距離は34kmだから、確かに泳ぐ人がいるのも分かる。実際に今日はイギリスらしからぬ快晴の一日だったので、対岸のフランスもよく見ることができた。これだけ近ければ、軍勢を対岸に渡すのも難しくはない。英仏百年戦争もこの狭い海峡あっての事件に違いない。

ドーバーといえば、ドーバーの白い崖(White Cliff of Dover)が有名である。残念ながら城は崖の上に建っているので、城からはあまり白い崖は見えないが、海岸から見ると壮観だそうだ。この白い崖から、アルビオン(ラテン語で白の意味)というイギリスの通称ができたそうだ。

ドーバーの白い壁、そしてドーバー海峡

ドーバー城、空が青い・・・
ドーバーと言えば、やはりドーバー城がシンボルとなるだろう。もともとはローマ人が灯台を建てたのが始まりで、その後プランタジネット朝の始祖ヘンリー2世が大規模な建てた中世の城が現在の城の原型になっている。城の中には王の居室やホールが大きな面積を占めている。こんな片田舎になぜ?と思ったら、これは当時のイギリス王家の事情があったようだ。当時のイギリス王家は元々はフランス人でノルマンディー公を兼ねていたので、王はイギリスではなくフランスで生活することが多かったようである。勝手な推測ではあるが、ヘンリー2世もフランスとイギリスの行き来の拠点としてこの大規模な城を建設したのではないだろうか。

King's Hall、でも王が来る日なんてどれくらいあるのやら・・・
本当はこの後カンタベリーに向かって、大聖堂内の英仏百年戦争のイギリス側の英雄エドワード黒皇太子の墓を見るつもりだったのだが、日曜は14時までしかやっていないと分かり、残念ではあるがカンタベリーはまた次回にすることにした。

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